不運と幸運

最近、ある小説を読みました。
事務所の先輩から頂いたその本は、とても厚く使われている漢字も難しいものばかり。しかし話が進むにつれ楽しくてしょうがなくなってしまいました。

読めない漢字はニュアンスDe作戦。

小説のタイトルは秘密です。僕がその内容について語ったところで、詳しい人からダメ出しを食うのがオチだし、説明するために読み直すのはめんどくさいから。


と、いうわけで

「雰囲気だけ小説に刺激されちゃった日記なのねシリーズ」

「不運と幸運 〜人生とはギャンブルである〜」





「最近は懐が暖かい」
 近頃そんなことをよく想う、今までは無かった事だ。「暖かい」と言ってもつまるところがお金の話、それに本当にお金持ちの人達には遠く及ばない。給料日から10日を過ぎても食べるものに困らない、その程度の話。それが自分には大事件であり、そんな状態が2ヶ月続くなど前代未聞、財布の中の「諭吉先生」は夢かはたまた幻か。
 人生はギャンブル。賭け事をやるかやらないか、それすらもギャンブル。明日の朝寝坊せずに起きれるか、いやまさにギャンブルである。

 9月14日は以前ルームシェアをしていた友人、その彼女と部下の4人で居酒屋へ出かけた。相変わらず楽しい時間だった。人間アルコールの力無しには生きられないのでは、と想う程。
 あまり笑わない人間は顔からして暗くなる。それによって人と接するのが下手になる。ますます暗くなる。
 一方、よく笑う人間はそれだけで楽しくなる。酒を呑む、よくしゃべる、よく笑う、楽しくなる、さらにしゃべる、ますます笑う。すばらしい無限のサイクル、素敵な人間の完成である。
 酒を呑まない人を悪く言っているのではない、酒を呑むことによって素敵な人間に一歩近づけるなら、金など惜しむ必要はない。人生はギャンブル、勝ちを得るには投資が必要である。それによってお金はマワる、これも実に巧妙な無限のサイクル。
 ひとしきり呑んだ後はカラオケへ行った、これはこのメンバーの定番になりつつある。夜中というよりは早朝に近いところで解散になった。
「じゃあ寝て起きたらまたパチンコでね」
 話はそんな流れになっていたと思う。

 9月15日、目が覚めたのは午後の2時を過ぎたあたりだった。休みの日にこれをやってしまうと辛い、連休ならまだしも貴重な一日を半分無駄にした上にその日の夜は決まって眠れないのだ。自分は寝付きが悪い。携帯を見るとメールが入っていた。
「起きた?」
 一緒に打ちにいくはずだった友達からだ。その時はすでに地元のほうでパチンコをしているとの事だった。今回は一緒に打つのはおあずけ、いや「今回も」か。たまにそんな話をするがいつも実現しない。意思の弱さは人一倍、こと睡眠欲に関しては人間の三大欲と言われる中からもずば抜けている。それなのに寝付きが悪いというのは苦痛でしかない、餌を前にして「待て」をくらっている犬の気分だ。そして寝起きは悪い。
 寝坊せずに起きれるか、いやまさにギャンブルである。
 つまりそこに関しては見事大敗、半日を無駄にはしたがトータルでみればまだわからない。時間を取られた分、現金で変換してもらおうではないか。行き先は勿論「娯楽惑星コンコルド」である。そしてそれこそが最近懐が暖かい最大の理由、行けばわりと勝つのである。そう、今までは無かったことだ。負けて負けて勝って、3歩下がって2歩進む状態だった筈が、今はまさに歌の通り、3歩進んで2歩下がるようになった。人生とはこれかと悟った。ワンツーパンチには共感しかねるが。
 夜9時、やはり最近の自分はなにかが違うらしい。4千円の投資額が4万円に膨れ上がっていた。これで無駄にした時間分は現金に変換された、今日の一日は良い一日で終わるはずだった。車に乗り、エンジンをかけようとキーを回した。
 無音だった。
 どうやらバッテリーがあがってしまったらしい。時刻は夜9時、近くに車屋はあっても営業時間は終わっている。JAFを呼ぶか、いやいや、せっかく勝った金を、懐に転がり込んだ福沢諭吉という名の天使を、こんな事で手放してなるものか。
 人生はギャンブル、こんな事態もその一つ。
 そして、人生はギャンブル。この後の助け舟もその一つ。
 思い切って、たまたま近くを歩いていた人に声をかけてみた。一見すると土方作業員のような服装、勝ったとは思えない暗い表情だった。仕事は予想通り、だが勝ち負けについては聞けるはずがなかった。
「おおバッテリーか。ケーブルあるかもしらんで、ちょっと待っとけよ。」
 小雨が降る中、トラックを寄せ、ケーブルを探し、多分負けたのに、文句も言わずに車を直してくれた。
「たまたま居たのが俺でよかったの」
 去っていくその人の姿は輝いて見えた。
 アパートの駐車場に戻り、閉め忘れがないようにとエンジンを切る前にパワーウィンドウのスイッチを押した。と、同時にエンジンが切れた。キーは回していない、間一髪だったということになる。
 だが、いやな予感はしていた。

 9月16日、いやな予感は見事に的中していた。バッテリーはもう寿命らしい。
 しかたがないので先輩に迎えにきてもらって出社した。掃除を一通り終えると、先輩に付き合ってもらってオートバックスへ行った。あらかじめ取り外してあった古いバッテリーから品番を確認、これと同じタイプの物をと電話で在庫を確保してから向かった。新しいバッテリーを手に入れても、また自分のアパートまで送ってもらわなければならない。昼飯代は勿論自分のおごりだ、飯で釣ったようで申し訳ないが今はそれしか返せるものが無い。
 古いバッテリーは引き取ってもらった。もう必要はない、今までよく働いてくれた。思えば過去に3度もバッテリー切れを起こしている。もしもバッテリーに意思があったなら、彼から見る自分は、まさに「スパルタ王」であっただろう。疲れきって動けなくなった体に、無理矢理電気を流して働かせる。だが奇跡は3度まで、4度目は無い。待っていたのはまさに「死」だった。
 人生はギャンブルである。この一打は明らかに間違いだった、しかしその時はまったく気付いていなかった。
 再びアパートの駐車場へ戻り、新しいバッテリー、つまりこれからスパルタ王にこき使われるであろう兵士を車へ取り付けた。取り付けようとした。
 だが彼はそれを拒んだ。過去のレールに、今まで付いていたプラスとマイナスのケーブルという「枠」に、彼は収まろうとしなかったのだ。
 勿論それはあり得ない話だった。品番を伝え、同じタイプの物を用意してもらっている。実際にバッテリーに表記してある文字を見てもそれは明らかだ。ではなにが間違っているのだろう。近所にガソリンスタンドがあったため、そこへ行って話を聞いてみる事にした。店員が渡すものを間違えたんじゃないかと言っていたが、どうやらその可能性は無いようだった。
 とりあえずオートバックスへ確認してみる事にした。同じタイプの物を買ったはずなのに付かないと、先程処分してもらったバッテリーはなにか特殊なのかと聞いてみた。 そして、店員の言葉に驚愕した。
 なんと預けてきたバッテリーには、本来取り外してはいけない金具が残っていたのだ。その金具は勿論新しいバッテリーを付ける際に必要不可欠な存在である。という事は、それを取りにまたオートバックスへ行かなければならないということになる。前任のバッテリーは最後の力を振り絞り、スパルタ王に見事復讐を果たしたのだ。
 結果、先輩には何度も行ったり来たりさせてしまった。昼飯をおごったくらいで返せるものではない。

 この3日間、人生においてこれっぽっちも重要でないような話も、振り返れば立派な物語になっていて、色々な「幸と不幸」によって毎日は成り立っている。みんなで呑んで笑った幸運、翌日寝すぎて半日を無駄にした不運、4千円の投資で4万円勝った幸運、車が動かなくなっていた不運、それを助けてくれた幸運、しかし完全にダメになっていた不運、気のいい先輩に助けてもらった幸運、何度も往復することになった不運。
 全てがうまくいく筈がないのは勿論、全てが悪くなる筈もないのである。そう思えば、一度の負けにくよくよしなくて済む。 2度負けたら3度勝てばいいのだ。

そう、人生はギャンブルである。








できたー!!ともんものなんちゃって小説シリーズ第一弾!
はたしてちゃんと読み切ってくれる人がいるだろうか、、、。

でもおもしろかった。

たまにやろうかな!


おわり☆


 

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